『ナナ』エミール・ゾラ著

 『ナナ』はエミール・ゾラの『ルーゴン=マカール叢書』のうちの一篇で、第九篇に當る。私は、ゾラの著作を讀むのはこれが初めてであつた。

 ナナは男性を肉感的に引きつけてやまない女性として描かれる。何人もの男性が登場するのだが、どれもナナに戀焦がれ、金を吸ひ取られて次々と破滅してゆく。ミュファ伯爵といふ人物も登場するのだが、この伯爵さへもナナの魅力に抗することはできず、金を貢ぐことはもちろん、彼女の無茶な要求を受け入れたり、子供の口眞似をさせられたり、熊の眞似をさせられて四つん這ひで走らされるなどの屈辱的な扱ひを受けるが、それでもナナを愛し續ける。前述の通り、伯爵に限らず、それまでは譽れ高かつた紳士たちも、破産したり自殺したりして破滅に追ひ込まれてゆく。これは恐ろしいほどであり、讀者はナナの力をこれでもかといふほど見せつけられるわけだが、ナナの内面、人間臭さもまた作中にはぎつしりと書き込まれてをり、親しみを抱かせる。

 男達から金をせびり取つて凋落させてゆく女といふと、非常に自己中心的な、惡い性格の印象が浮ぶ。しかしナナは必ずしもそれだけではなく、家を訪れた怪しい男達から『貧民』の話を聞き、感動して涙を流しながら『寄附』をする場面もある(しかしその後、これが詐欺だと知つてゐたかのやうな發言をする描寫もある)。時には少女のやうにあどけない一面をも見せつつも男を惑はし、民衆を熱狂の渦に卷き込み、贅澤と濫費の限りを盡すが、やがて天然痘にかかり、醜い姿となつて死んでゆく。この小説に書かれた一聯の出來事も、大方はナナの意志によらずして起つたもので、ナナもまた運命に翻弄された人間だつたのかと思はされる。

 登場人物が多く覺えるのが少々厄介ではあつたが、當時の貴族階級の人間模樣や、娼婦や劇團員たちの暮しぶり等が全體に詳しく書かれてゐて興味深かつた。又、厚さから感じるほどの長さは餘り感じなかつた。自然主義の小説といふのはかういふものかと思ひながら讀むよい機會にもなつたかと思ふ。

・ナナ エミール・ゾラ著 川口篤・古賀照一訳 新潮文庫